夢日記:閉戸

夢を見た。

母と兄、そしてぼくの三人で、見知らぬショッピングモールのようなところを歩いていた。日本のそれとは何処か違っており、新大陸めいた趣を帯びていた。

建物は一階きりで、上へ重なる階はなく、ただ横へ横へと、果てしもなく広がっていた。何処からとも知れず、潮の気配が、そこはかとなく漂ってくる。硝子の向こうに海原を望めるわけでもないのに、近くに海があるらしいことだけは、何故か慥かに感じ取れた。

店内の硝子棚には、高級な品々が整然と陳列されている。海外の意匠を凝らした木製のペン、安価な樹脂で(こしら)えられているにもかかわらず、輸入品という肩書きだけで贅沢品と化した万年筆の数々――。その一部は、まるで駄菓子屋の景品ででもあるかのように、棒からぶら下げられて売られていた。ペリカンの万年筆だったろうか。値札を見ると、四万五千円とあった。

更に奥へ進むと、自然の景観を模した、ちょっとした広間に出た。やや子供向けの装いではあったが、薄暗く、何処となく不気味な気配が立ち込めていた。中央には、プラスチック製の小高い岩山が据えられており、その腹には階段状の足場が穿たれている。

ふと気づくと、母がその岩山を登り始めていた。看板の「立ち入り禁止」の文字が、目に飛び込んでくる。ぼくは慌てて母に降りるよう呼びかけたが、その頃にはもう、母は登頂を果たしていた。

岩山の麓に、小さな浅い洞穴のような窪みを見つけ、覗き込んでみたが、中には何もなかった。ただひっそりと、闇だけが(わだかま)っていた。

広間から立ち去ろうとしたところ、足元の床が、なだらかに迫り上がっていた。灰色と橙色とが混ざった、粒子の粗い樹脂のような坂で、踏むとよく滑った。母が足を取られて転倒する。続くぼくも、容易には這い上がれない。兄はいつの間にか脱出に成功しており、向こうで待ち構えていた。母もやがて登り切り、ぼくは、四つん這いになってどうにか辿り着いた。

母が、向こうのトンネルのような所に入ってみたい、と言い出した。広間を出た先の、一層(あおぐろ)い空間のなかに、それはあった。そこへ至るまでにも、また同じような坂があった。掌に、粒子の粗い感触が残った。

――そういえば、店内に踏み入ってからこちら、自分たち以外の人影を、まだ一度として見てはいない。

トンネルの入口は、高さ一メートル、幅一メートル半ばかりの、小さな長方形だった。先頭に兄、次いでぼく、最後尾に母、という順で潜り込んでいく。中もまた天井が低く、匍匐前進せねば進めない。光は殆んど届かず、空間の広がりも、まるで把握できない。ぼくたちは、ひたすら一直線にがむしゃらに進むことに決めた。

最初は、僅かながらも兄の輪郭を視認できていた。だが、それもまたたく間に闇へ溶け込んで、すっかり見えなくなってしまった。声を頼りに互いの距離を推し量ってはいたが、それだけでは心許なく、ぼくは時折歩みを速めて、兄の足に触れることで、漸く安心を得ていた。

随分と遠くまで来てしまったらしい。今、自分たちが何処にいるのか、もはや判らない。この空間の天井のうえは、ショッピングモールから遥か遠く隔たった、まるで見も知らぬ何処かに繋がっているのではないか――そんな想念が、不意に脳裏を掠めた。

さて、どうしようか――と囁き交わしていたところ、前方に、ついに出口と思しき仄かな明かりを見て取った。もうそこまで行ってしまおう、ということになった。

出口に辿り着いた。何処か青白い光が差し込み、空の映しの如く反射しているように思われたが、勿論、そんな光の届くべくもなかった。冷たい感触が、頬を撫でていった。

幅二メートル、高さ五メートルほどの、縦に細長く狭隘な道をいくらか進んでいくと、やがて、三十メートル四方はあろうかという、コンクリートで設えられた薄暗い部屋に行き着いた。

ぼくたちが踏み入った途端、入口の戸が、音もなく静かに閉ざされた。

仕方なく部屋の中を歩き回っていると、目の先に、まだ開いている戸が見つかった。あそこから脱け出した方がよいのではないか――そう思った矢先、その戸もまた、先程と同じようにゆっくりと閉ざされはじめた。

これはまずいと思い、急いでその戸へと駆けていったが、仮にこの戸を通り抜けたところで、二度とこの部屋へは戻ってこられまい。その先は行き止まりやも知れず、また仮にあの暗闇に通じていたとしても、そこから出られる保証はない。性急になって安易な判断を下すのは危うい――そう思い直し、見送ることにした。

壁に沿って視線を滑らせてゆくと、また別の戸が目に入った。それどころか、四面ある壁のひとつひとつに、二つずつの戸が配されているらしいことに気づいた。ぼくたちが入ってきたのも、そのうちのひとつだったわけだ。

そして、それらの戸もまた、順々に閉ざされはじめていた。

これはさすがにまずいぞ、ということになり、間に合う見込みのある戸を目指して、手当たり次第に全速力で駆けた。が、ついに、ひとつとして間に合わなかった。

ぼくたちは、いよいよ、閉じ込められてしまった。

窮地に追い込まれたぼくは、咄嗟の判断で、脆く破壊しやすい戸はないかと、目を走らせた。ほどなく、ぼろぼろになった障子戸のようなものが目に留まり、これが最も適していようと踏んで、二人に体当たりで突破しようと呼びかけた。

ところが、戸は思いの外脆く、二人が辿り着くより先に、ぼく一人の体当たりだけで、難なく崩れ落ちた。

戸の向こうには、暖かみのある光に包まれた、いくらかゆったりとした道が伸びていた。それが、ぼくには、かえって薄気味悪く感じられた。

光がコンクリートの冷えた部屋に漏れ出して、部屋の印象は、随分と変わっていた。

どうやらコンクリートの部屋には、いつの間にか自分たち以外の者もいたらしく、そのうちの数人が、その道へと駆けていった。なんとなく、かつての知人らしい風情があったが、誰なのかは判じきれない。

ここはひとつ、皆で話し合って協力した方がよいのではないか――そう思い、彼らに声をかけて引き留めようとした。

その瞬間、道の向こうから、巨大なティラノサウルスが、空気を切り裂くようにして見参した。おどろおどろしい咆哮を轟かせながら、こちらの方へと猛進してくる。

皆一目散に逃げ出し、コンクリートの部屋へと追い詰められた。

ぼくは、障子戸を破壊した折にできた、槍のような木片をひとつ手に取り、ティラノサウルスを目掛けて、力の限り投げ込んだ。奴は、もう眼前にまで迫っていた。

木片は喉の奥に突き刺さったらしく、ティラノサウルスは少しの間怯んで、大人しくなった。

上手くいった――そう思ったのも束の間、再び威勢を取り戻したティラノサウルスが、襲いかかってくる。

そのとき、地面に、ひとつのバレーボールが転がっているのを見つけた。

ティラノサウルスの口を目掛けてそのボールを投げると、奴はそれに食らいついた。これならば、人間に噛みつくまでの猶予を、いくらか引き延ばせる。

ぼくは、ティラノサウルスが人の頭に噛みつこうとする刹那刹那に、バレーボールをその顎の間に挟み込み、惨劇の到来を遅らせ続けることに、骨を折った。

一体、何時(いつ)まで続くのだろうか。
こんなことを続けて、一体、何の意味があるのだろうか。
後先のことを考えると、まるで、何もかもが判らなくなった。

兎にも角にも、この張り詰めた状況には、生きた心地もしなかった。